怒りや落胆の気持ちを感じた時に、他人になって自分を見てみよう

こんにちは、たーたんです!

今日は、精神的に不安定になると、やたらと怒りの感情がこみ上げてきたり、(主には他人の評価により)やたらと自分の評価を下げたりする事が出てくると思いますが、その時に、一歩引いて自分を見てみる大切さについてまとめようと思います。

困っている方の参考に、少しでもなれれば嬉しいです。

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怒りがこみ上げてくる時。

ふと気づくと、自分がとってもイライラしている。

相手に対して、腹が立っていて、明らかに怒っている。自分。

「わーーっ!!」と相手に言いたくなりますが、ここで少し考えてみて下さい。

それ、本当に、本気になるところですか?

あなたの人生にとって、そんなに大事ですか??

そんなに活力出す必要って、あるんですか?

そんなに、あなたにとって価値がある事なんですか?

例えば、仕事。

私は、たいていイライラする時は、仕事の事が多いですが、今やっている仕事は、そんなにそこに本気を出すかな・・というと、そうは思わないような所です。

それはそれで、残念ではありますが、まあ、だからココロ折れる時があったのでしょうか。

似たような境遇の方は多いと思います。

自分にとっては、お金を稼げたら良い。

残業を早く終えて、早く家に帰りたい。

自分の時間をしっかり持ちたい。

そういう時に、わーーっと言うと、人間関係も崩れますし、何より、上記の目的に対して、遠のくことが多いです。

ですので、本当に、これって本気を出して怒るべき所なのかな?と、一歩引いて、ワンクッションおいて考えてみると、スーッと気分が落ち着いてくる時がありますよ。

例えば、身近な人に対して。

また、仕事とは違って、ある程度身近な人の事だったとしましょう。

例えば恋人だったり、奥さんだったり、子どもだったり。

その人が、大きな失敗をしてしまったとしましょう。

その時に、よく、怒って伝えている人がおられますが・・それで、怒るんですかね?

怒る必要って、ありますか?

怒ったら、相手にちゃんと伝わるんですか?

怒ってる人を見ている時に、傍目で見て思うのは、「あー、この人怒ってる」とか、「この人、こんな事を人前でやってしまうんだな・・」とか、そういう冷めた目線です。

職場で見ても、家の近くで見ても、また、家の中で大声で怒っているであろう近隣の人に対しても、その怒ってる人の評価が、下がるだけですよね。

怒って伝わる事は、伝えたい事と違う事が多い

そして、言われている当の本人は、怒ったからと言って、その理解がすごく進むかというと、そうではないように思います。

子どもの場合は、親が怒って指摘すると、「親に怒られないように次はやらないようにしよう・・」と思ってやらなくなることもあるとは思いますが、それって、やらなくなった事そのものは評価できるかもしれませんが、何でそれをやっては駄目なのかが、分かっていない状態なので、本質的には結構危険な状態なんですよね。

「友達の家でおやつを食べると、お母さんに怒られるから、食べない」みたいな感じ。

違いますよね?私が怒るからやめてね、というのは本質的ではないですよね?伝えたいことではないですよね?

伝え方が9割、という本でも触れられていますが、本当に伝えたい事があるのならば、伝え方は考えるべきだと思いますし、そこまでして伝えることでも無いなら、怒る必要もないです。

アンガー・マネジメントという言葉もあるくらいですから、逆に怒りは普通に出てくるけどコントロールすべきものだと思います。

怒りは、自分にとってマイナスな事も多いですよ。

しょんぼり、がっかり、気落ちする場合。

今度は逆で、落ち込み側です。

誰かにひどいことを言われた、ひどい態度を取られた、ひどい扱いを受けた。

そういう事で、しょんぼりしたり、ガッカリしたり、しませんか?

えらく高圧的な態度で接されたり、人間的に否定されるような事を言われたり。

本当に我慢ならなかったり、崩れ落ちそうになったり、もう明日は行かなくていいやと思う事もあるかと思います。

例えば昔ニュースを賑わせていた、豊田真由子議員の元政策秘書への暴言。

あれはニュースで録音された内容を聴くと相当ひどいですが、世の中、ああいう発言をする人って、実はたくさんいますよね。

私の会社にもいます。

ちなみに、この議員ほどではないですが、私は今日もそういう発言をされました。

いやー、本当に腹が立ちますし、気落ちしますよね。

この議員の発言レベルは別次元なので比べられませんが、ただ、その手の発言に対して、一度病気で休んで図書館で色々な本をよみ、自分と向き合うことで、一定量の耐性がついたように思います。

他人の発言を、どう受け止めるかは、自分次第

そういう人のこと、結局は気にしなくて良いんですよね。

言われたことも含めて。

考える価値も無い。

自分の時間を消費するのも、もったい無い。

もっと、楽しい時間、幸せな時間を過ごしたい。

自分にとって、その発言の中で、何らか有用なことがあれば、それだけを器用に取り出せば良いんですが、そういう事をするのがおっくうだったり、それをする事で気力が落ちてしまうようであれば、本当に無視してしまえばいいと思います。

人生、それ以外でも学べることってたくさんありますって。

ひどいクレーマーを他人が見た時のことを考えてみて、それが今自分に向かっているのだと思ってみてください。

その部分だけ取ってみると、確かに・・と思う事であっても、でもそんな勢いで言わなくても・・という事はありませんか?

それと一緒だと思います。

活かせそうな失敗だけ考える、というアイデア

失敗を教訓に・・とか、きちんと振り返って・・とか、今日の反省を明日に活かす・・とか、言いますよね。

ただそれは、「プラスに出来る材料があれば、プラスに使おう」という事が言いたいのかなと思います。

持論ですが。

で、その過去の経験には、プラスに出来る材料がたくさんあるよと。

だから、過去を振り返ろうと。

という事は、逆に言えば、自分にプラスに出来ないような材料は、使わなくて良いんだと思います。

例えば、自分にとって、拾うとマイナスになってしまうような材料。

振り返っても、気落ちしてしまうだけで前を向けなくなるような材料。

そういうものとは、向き合わなくて良いんですよね。

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深く気にしなくても、明るい未来は絶対くる

これ、ほんとだと思ってます。

何度も、もうダメだ・・と思う時がありましたし、昔ならそう思っていたな、と思うことも今でもあります。

でも大丈夫ですよ、もし色々思い悩むくらいなら、それだけ一生懸命になれるくらい、何かを悩んだり、気にして、考えられる力があるんですよ。

そんな人って、そうなかなかいないですよ?

一つのことを、思い続けなくても、明るい未来は来ますよ。

それではまた!

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